ドゥアンプラティープ財団は、クロントイ・コミュニティの過密と貧困の問題から始まりました。親たちが朝から晩まで働かなければならず、子どもたちは放置されがちでした。プラティープ先生と姉のミンプローン先生は、こうした子どもたちの面倒を見るため、1日1バーツの授業料で教育を行う「1日1バーツ学校」を開設しました。
生徒が増えるにつれ、教育システムが標準化され、「開発村農村学校」と名付けられました。当時、スラムの強制撤去政策がありましたが、メディアや支援者の協力により存続し、1976年にはバンコク都の管轄下に入りました。現在では中等教育まで受け入れています。
1978年8月31日、プラティープ先生はフィリピンからマグサイサイ賞(地域社会奉仕部門)を受賞しました。その賞金402,500バーツを基金として、ドゥアンプラティープ財団が正式に設立されました。